エリアル書き下ろしspecial 謎の実験戦艦 笹本祐一 ●S-1 地球軌道上、戦艦オルクス 「艦載全機の収容、完了しました」 「星系内全機の無人哨戒機、探査機、観測機同収作業及び残存処置作業、すべて完了しました」 メインブリッジに、オペレーターの報告が続いていた。 ハウザー艦長は、手元のディスプレイに映し出されるチェック項目を最後までスクロールさせた。もれている事項は ない。 「今回も、何とか達成すべき業務を完了できたか」 「凱旋、って言っていいと思いますわよ」 シモーヌ経理部長は艦長席のハウザーを見あげた。 「侵略対象の惑星はまるごと無事だし、海賊や同業他社の来襲、第三艦隊まで攻めてきたわりには、予算ちょっとオ ーバーするくらいで仕事終われたし」 「あれだけ切り詰めて、まだ予算をオーバーしているのか」 艦長は深い溜め息をついた。 「しょうがありません。オルクス本体の被害が大き過ぎました。初期の宇宙飛行しか達成していない未開惑星ひとつ 侵略するのに、いったい何回の対艦戦があったと思ってるんです」 桁折り数えかけて、ハウザーは艦長席のアームレストに肘をついた。 「確かに、今回は多かったな」 「それも、圧倒的不利な、負けたって言い訳できる戦闘ばっかり。全部勝ったんだから、もっと立派な顔してくださ い」 言われて、ハウザト艦長は白分の頗に予を当てた。 「そんな情けない顔をしているか?」 「だからそういうこと言わないでください!いくらおねえさんに呼び戻されたからって、わたしたち、核恒星系に凱旋 するんですからね!」 「・・・・・・・・・・・・」 「だからそういう顔をしない!」 「オルクス、発進準備完了しました」 地球での侵略業務を終え、管理会社への引き継ぎ業務を完了したゲドー社A級戦艦オルクスには、現在撮高司令部とな っているレキシントン・ポートのオフィス・リムゲートから、核恒星系への帰遠命令が下されていた。 好成績で今期の侵略業務を完了したオルクス乗組員への休暇、対艦戦闘は不能と判定されて久しいオルクス本体の再 整備あるいは廃艦、新しい侵略用戦艦の調達、手出てなど、核恒星系でやらなければならない仕事も山積している。 チーフオペレーターの竜娘は、灰応がない艦長に振り返った。 「オルクス、発進準備完了しました」 「ほら、出られますって、艦長」 はっと我に返ったハウザー艦長はディスプレイに目を落とした。 「よろしい。オルクス発進せよ」 オルクスは、通常推進で地球周回軌道上から動き出した。 ●S-2 レキシントン・ポート、オフィス・リムゲート オフィス・リムゲートに報告のために出頭したハウザー艦長、シモーヌ経理部長を待っていたのは意外な人物だった。 「社長!?」 ゲドー社倒産と同時に行方不明となり、オルクス側からの連絡はいっさい取れなくなっていた社長が、リムゲートの 応接室にいたのである。 「なんでここに!?」 「お知り合いのようだから、紹介はいらないわね」 ポータブルディスプレイを開きながら、ダイアナが応接室に入ってきた。 「ゲドー社の社長さん、肩書きはちょっと違うけど今はうちの手伝いしてもらってるの」 「いったい、何がどうして……」 「ゲドー社が倒産した時に、オフィス・リムゲートを新しいスポンサーに指名してくださったのは、社長さんだった のよ」 「あ、それは言わないほうがよかったんでは」 ソファに崩れ落ちたハウザー艦長は両手で頭を抱えたまま動かなくなった。 「つまり、あなたはかなり早い段階からこのダイ姉ちゃんてのひらの掌の上で転がってたってわけ。どーだ、おそれ いったかわっはっは」 ディスプレイを開いたまま、ダイアナはハウザーの正面に腰を下ろした。 社長は申し訳なさそうに艦長と経理部長に頭を下げる。 「すまんのう苦労ばっかりかけて。もう少し私がしっかりしていれば、君たちにも楽をさせてあげられるんだが」 「そんな、頭上げてください社長。艦長もほら、しっかりして下さいってば」 シモーヌは魂が抜けそうな顔をしていた艦長の肩を揺すった。ハウザーはのろのろと顔を上げた。 「お、お元気そうで、なによりです」 「君たちも、うまくやっているようだ」 んま、とシモーヌが染めた煩に両手を当てる。 ハウザーは乏しい表情のままぽそぽそ答えた。 「乗組員たちがよくやってくれたので。今回の戦績はすべて乗組員たちの戦果です」 「現状報告は確認している」 社長はおだやかにうなずいた。 「君たちはスポンサーを充分に納得させるだけの成果を上げて帰遠した。スポンサーはこれにボーナスと有給休暇を もって報いる用意があるそうだ」 ハウザーは虚ろな祝線をダイアナに向けた。 「乗組員全員に特別ボーナスと、休暇。あなたたちが受け取るべき当然の報酬よ」 「…………!!」 ハウザーの目に怯えが走った。ダイアナは、代償なしに報酬を与えるような聖女ではない。 「ありがとうございます」 凍り付いたままのハウザーに代わって、シモーヌが言った。 「乗組員たちも喜びます」 「乗組員への休暇の割り振りは任せるわ」 相手をシモーヌに変えて、ダイアナは続けた。 「とりあえず動く予定はないっていっても、オルクスを空っぽにするわけにはいかないでしょうし」 「艦のことは現場に任せておきましょう」 社長が口を挟んだ。 「現場のことは、彼らが一番よく知っていますから」 社長は手もとのポータブルファイルをめくった。 「せっかく大仕事を成功裡に終了させて帰遠してきたばかりで申し訳ないのだが、次の仕事の話を始めてもいいかね?」 やっと体温を取り戻してきたハウザー艦長は、シモーヌ経理部長と顔を兄合わせた。 「最終レボートの提出でしょうか?」 「事務仕事は後回しでいい。目の前に、もっと差し迫った重要な危機があるだろう」 ディスプレイから顔を上げた社長は艦長と経理部長を見やった。 「オルクスの代艦選定だよ」 やはり、と思いながらハウザーはうなずいた。 「……廃艦決定ですか」 「廃棄処分と決まったわけではない。輸送業務や代替ステーションとしてならまだ使えるかもしれんが、しかし今ま でのような侵略業務や対艦戦闘ができるような状態にないことは君のほうがよく承知しているだろう」 「それは、まあ、その通りですが……」 ハウザーは、代艦への引っ越しの手問を考えてあいまいにうなずいた。 「オルクス代艦が何になるかはまだ決定していないが、何を選ぷにせよ維持費も乗組員の手間も軽減されるはずだ。 君も戦いやすくなるだろう」 「承知しております……」 ハウザーも、艦長の業務として現代の宇宙船の戦闘能力と中古市場の相場は把握している。 現在のオルクスの戦艦としての戦闘力、母艦としての搭載力を基準に代わリの艦を探せば、予算はそれほどかからな いだろう。オルクスほどの旧式艦になると、スクラップヤードで一山いくらで売られているものを探した方が早い。 しかし、それを最前線の侵略業務に使えるように再整備するには時問も費用もかかり過ぎる。 「引っ越しは、代艦を調達してオルクスの横に持ってきてから行う予定だ。それまでの間、乗組員には引っ越しの準 備と順次たまっている有休を消化してもらう」 「乗組員には、核恒星系に帰遠後にオルクス代艦への乗り換えが行われるであろうことは伝えてあります」 シモーヌがてきぱきと答えた。 「ですから、引っ越し準備を開始しておくように伝えてあります」 「とはいえ、昨日まで作戦行動中だったA級戦艦の乗組員がおいそれと新しい場所へ移れるわけでもあるまい。引っ 越しが終わってからも艦の調整や慣熟訓練があるから、すぐに次の仕事にかかるというわけにもいくまい」 「だから、あなたは一刻も早くオルクスの代艦を見つけ出す必要があるのよ」 ダイアナは、四人の問のテーブルをワンタッチで立体ディスプレイに変化させた。 「予算とこれからのゲドー社の仕事を考えれば、艦種も年式もある程度絞れるわ。新品は無しよ。吊るしで売ってる 量産艦ならまだしも、イージーオーダーでも戦艦なんか注文して納入を待ってる問、乗組員を遊ばせておく余裕はう ちにはないんだから」 「承知しております」 ハウザーはうなずいた。現実問題として、大手三社以外の侵略会社がその主力艦を新品で揃えることはほとんどない 。 ほとんどの侵略会社、財政の厳しい自治星系、そして海賊は、中古市場で必要な宇宙船を調達するのが常である。 「クルーの目利きとコネと情報網を使えば、そう時間を掛けずに代艦候補が見つかるかと……」 「あと、ついでにもう一つ」 ぱたんとファイルを閉じて、ダイアナはハウザーに目線を向けた。 「せっかく核恒星系まで戻ってきてるんですからね、一度実家に顔を出しておきなさい」 「は、は?」 さすがに首肯しかねて、ハウザーは姉の顔を見直した。 ダイアナは当然のように話を続けた。 「代艦が決まったらオルクスと轡を並べて引っ越し、終わったら慣熟訓練と並行して次の仕事を探して出撃。オルク スがレキシントン・ポートに泊まってる今以外、アルビオロンに帰ってる時間なんかないと思うけど」 「それは……その通りだと思いますが」 オルクスはレキシントン・ポートに入港していない。高価な大型桟橋一つを占有して長期停泊するほどの予算的余裕 はないし、白前で連絡艇に使える機体がいくらでもあるから出入りに不白由はない。 そして、オルクスのゲドー社就役以来、航行スヶジュールに初めて空白が生まれていた。 レキシントン・ポート近傍の大型船用錨泊空域に滞空中のA級戦艦オルクスに、次の出港予定は今のところない。 次にオルクスが動くとき、その行き先が他星系か廃船置場になるにせよ、その船籍はゲドー社にはないだろうと噂さ れている。 「し、しかし、何のために……」 絞り山すように問うハウザーを、ダイアナは軽く睨み返した。 「子供が実家に帰るのに理由が必要なの?」 ハウザーは自分の随意神経が麻痺していくのを感じた。 帝国士官学校を放校処分になってから、彼は一度も実家に帰っていない。 「それじゃ、こう言ってあげる」 悪魔のように微笑む姉を兄て、ハウザーは硬直した。 「ハウザー艦長、適当な業者を廻ってオルクス代艦を見繕うついでに、ソノート星系に寄ってアルビオロンに顔を出 して行きなさい。お母さまがさぴしがっているんだから、命令よ」 ハウザーは何か応えようと思って口をぱくぱくさせた。 「シモーヌさん、せっかく核恒星に戻ってきたのに申し訳ないけど、アバルトに付きあってあげて」 「は、はい。で、でもそれは」 思わず嬉しそうに両手を合わせてから、シモーヌはとなりで体温を低下させつつあるハウザーの顔を盗み見た。 「……いいんでしょうか」 「商売道具の買い付けに経理部長が同行しなくてどうするのよ。頼リにならない艦長で申し訳ないけど、アルビオロ ンまでコントロールしてちょうだい」 「わかりました」 シモーヌの声が上擦った。 「アルビオロンまで、お供させていただいて、よろしいんですか」 「このぼんくら息子が何年も寄りついてない自分の家だからね。逃げ出さないように首に縄付けてもいいから連れて きて」 ダイアナはこれ見よがしにウィンクした。 「命令・よ」 となりの艦長の心拍が停止したのを感じながら、シモーヌは両手を握り締めてうなずいていた。 「かしこまりました!」 「優先順位は……」 「何か言った?」 ぽそぽそとつぶやいたハウザーに、ダイアナは視線を向けた。 「はっきり言いなさい」 「オルクスの代艦選定と、アルビオロンに帰るのとでは、優先順位は白ずから決定されると……」 「んなことくらい白分で判断!」 声を荒げかけて、ダイアナはふと口をつぐんだ。 「……できるわよね」 「……わかりました」 絞り出すように、ハウザーは返答した。 「オルクス代艦の選定を最優先に行います。アルビオロンには、代艦を決定、レキシントン・ポートヘの回航、オル クスの引っ越しが済み次第急行するということでよろしいでしようか」 ダイアナの瞳が光った。シモーヌはとなりに座っているハウザーの体温が急低下したのを感じた。 「優秀な艦長が聞いてあきれるわね」 小声のつぷやきがとなりの社長に聞こえたかどうか。ダイアナは冷たく微笑んだ。 「本気で言ってるの?それともスポンサーをばかにしてるの?」 何か言い訳しようとしたハウザーが□をかすかに開いた。 「代艦選定、それはたしかに艦長の仕事よ。自分が指揮する宇宙船くらい自分で選びなさい。だけどそのあとはなに? 回航?引っ越し?それはあなたがいなければできないこと?あなたの部下ってのは、艦長がいなきゃそんなこともできな いぽんくら揃いなの?それとも」 怒濤の如く迸っていたダイアナの言葉がぴたりと止まった。冷たい視線がハウザーを射すくめる。 「お城に帰りたくない理由でもあるの?」 「…………」 ハウザーの唇がかすかに動いたようだった。 「オルクス代艦を至急選定します!」 とっさにソファから立ち上がったシモーヌがダイアナに敬礼した。 「まずはレキシントン・ポートの中古市場を廻ります。結果はすぐに報告し、代艦が見っかればただちにアルビオロ ンに向かいます」 横脚で蹴とばしても反応がないハウザーの肩を引っ掴み、シモーヌは艦長を無理やり立たせた。 「それでよろしいですね、艦長」 肘で小突いて、敬礼させる。のろのろと腕を上げた艦長を横目で見ながら、シモーヌは部屋の多次元時計を確認した。 「オフィス・リムゲートがまだ開いているうちに、途中経過を報告します。うまくいけば、今日中にレキシントン・ ポートと周辺の星系の在庫をチェックできると思います」 「うちは二十四時間営業よ」 シモーヌを見上げたダイアナが微笑んだ。 「報告すべき結果があれば、いつでも連絡入れてもらって大丈夫よ」 「……我々のボスは、眠らない魔女でしたね」 シモーヌはソファのダイアナにうなすき返した。 「では、失礼します」 シモーヌは、体温、心拍数共に低下した艦長を抱えるように事務所から出ていった。 ●S-3 レキシントン・ポート、アツプサイドタウン 白由貿易港であるレキシントン・ポートは巨大な宇宙都市である。巨大なシリンダー状構造を白転させて遠心力で疑 似重力を発生するような原始的な構造ではなく、母恒星にエネルギーを頼るような制限のある供給系でもない、高級 な閉鎖環境系を持つ大規模宇宙都市である。 人工重力で制御され、自前の転換炉で安定したエネルギー供給を行うレキシントン・ポートは東銀河と核恒星系を結 ぷ交通の要衝に建設され、その貿易取扱高は前周期の実績で総合二位。 自由貿易都市として入港する船舶の安全は船籍にかかわらず保証されており、また商業のみならず重工業基地として 豪華客船の造船所から最新鋭戦艦の工廠までが揃っているため、船舶の出入りも多い。 核恒星系内外と辺境を結ぶ航路の複合交差点に位置するためもあり、帝国船籍にない宇宙船の入港も珍しくない。 入港する船舳の種類も客船、貨物船に限らず、帝国正規艦隊所属の戦艦から星系自治軍の護衛艦、怪しげな船籍の高 速武装商船から架空船籍の海賊船まで多岐にわたる。 核恒星系でも最大規模の宇宙港であり、民官問わず造船所が揃っていて大規模整備のみならずオーダーメイドの特殊 艦まで建造可能とくれば、そこには、巨大な宇宙船取引市場が生まれる。 星系内、母恒星の照射エネルギーを利用しやすい内惑星系に建設される通常の宇宙都市と違い、レキシントン・ポー トは恒星間空間に逮設された。 近傍恒星が作りだすかすかな淀み点にあるため、摂動する天体の重力の影響も受けにくい。そのため、レキシントン ・ポート周辺の錨泊空域は星系内に設定されるものよりはるかに大きく、安定している。 独立閉鎖系を持つ宇市都市がエネルギー供給を母恒星に頼らないということは、自前でそれを調達し続けなければな らないということである。 そのため、軍事的に必要度の高い空域に設置される機動要塞や軍事基地を除けば、恒星問空間に設置される民間宇宙 都市の数は多くない。 宇宙都市としても最大級の規模であるレキシントン・ポートであるが、錨泊空域を含む管制局の管理下にある空間が これほど広大なものは他に例がない。 そして、その広大な空域には東銀河で最大規侠の宇宙船市場が形成されていた。 レキシントン・ポートの東西南北と両極の港湾地区には、オーダーメイドの高級宇宙船から一山いくらのジャンクシ ップまで、ありとあらゆる型式とランクの宇宙船建造から廃棄、売買、周辺部品、 整備補修から登記や名義変更、運行教習を行う本店、代理店、出店や露店が軒を連ねている。 両極と東西南北六つに区分けされている港湾地区は、取り扱う宇宙船や宇宙機のランクやジャンルでも住み分けがで きている。 豪華客船や高級自家用宇宙船、帝国正規艦隊などが専用に使うアップサイドポート、程度を問わずジャンク寸前の廃 棄艦やぽろ宇宙船が出入りするのは基底部のダウンサイドポート、 残る東西南北四つのブロックも商船、戦闘艦、自家用船や連絡艇などそれぞれのブロックが得意とする分類ができあ がっている。 オフィス・リムゲートのあるセントラル・コアから、軍事戦闘艦を多く扱う北側の港湾地区にメトロチューブで移動 したハウザー艦長とシモーヌ経埋部長は、 質実剛健な飲食店街となっている北駅前の装甲板通りの情報カフェに入ていた。 「落ち着きましたか、艦長?」 ポットごとお代わりしたコーヒーポットをサイドテーブルに置いて、シモーヌはまだ顔色の悪いハウザーのとなりの シートに腰を降ろした。 結構なぺ-スで目の前の多元ディスプレイを切り換えていたハウザーは両面から目も離さずに答えた。 「大丈夫だ。いつも済まない、シモーヌ」 「次から、オフィス・リムゲートに行くときには、アッパー系の薬でも処方してもらいます?」 「やめてくれ」 苦笑混じりに、ハウザーはシモーヌに顔を向けた。 「所長や社長相手なら、アッバー系よりも思考加速のためのドラッグがいいだろう」 インターフェイスを細かくタッチしていたハウザーの指の動きが止まった。 「相手がダイ姉ちゃんではそれも援護にはならんか」 「いい宇宙船は見つかりました?」 シモーヌはハウザーの手元のディスプレイを覗き込んだ。 すでに何隻かの宇宙船がリストアップされ、サブディスプレイに細かい什様が表示されている。 「いくつか、オルクスと同等以上の艦載能力と戦闘能力を持つ艦を選んでみた。オルクスほど大きくはないが、今の 所帯にはこれくらいで充分だろう」 辺境でも、オルクス情報部は銀河系における中古戦艦市場をモニターしていた。本社からの定期連絡には調査部によ る市場調査のリストが前々回の作戦航海から毎回添付されている。 艦齢二世紀の老艦とはいえ、艦隊指揮能力まで持つA級戦艦であるオルクスの戦闘能力は、現在のものと比べてそれほ ど遜色があるわけではない。 艦載機も戦闘装備も電子兵装も細かいアップデートや改修、改良を繰り返されて実戦向けに調整されているから、即 応能力はむしろ高いといえる。 現在、中古市場に流通している最近の戦艦とA級戦艦の最大の違いはその規模にある。艦隊旗艦として充分な艦載機と 戦闘能力に加えて長期作戦能力、随伴艦への補給や整備、 艦隊乗組員のレクリェーション設備まで備えた超巨大戦艦は、現在では機動性にも経済性にも欠けるため艦種そのも のが失われている。 オルクスと、それを運用するゲドー社の経常が厳しいのは、オルクスの運用費が最近の戦艦に比べてはるかに嵩んで いるのが大きい。 「今のオルクスよりだいぶ小さくなりますわね」 シモーヌは寸法と運用質量の数字だけを見ていた。ピックアップされている宇宙船の全長はオルクスの半分から三分 の一程度、運用質量も一桁少ない。 「狭くなるかしら」 現在オルクスに乗り込んでいる乗組員の数は、機材や装備の更新、帝国正規艦隊から星系自治軍を経て侵略会社への 所属変更などで、建造当初の正規人員の二十分の一以下になっている。 おかげで乗組員一人あたりの占有空問は莫大なものになっており、その点に関する評判はいい。 「今のように、希望者には空いている格納庫やデッキをまるごと割り当てるようなわけにはいかないだろうが」 現在のオルクスも、艦殻内の全容積が活用されているわけではない。度重なる戦闘被害で閉鎖されている場所や使わ れていない船室、格納庫、ブロックも多い。 「しかし、どれを選ぶにせよ運行費用は大幅に削減されるぞ。あのでかい図体を振りまわすだけで、どれほどのエネ ルギーと推進剤が消えていくか」 「そうなれば、ずいぷん楽になりますわね」 シモーヌが嬉しそうな顔をしたのは、しかしほんの一瞬だけだった。 「駄目ですわ。オルクスの会計の中で、オルクス本体の運 用にかかる費用なんてほんの一部分ですもの。艦が新しくなっても乗組員の数が減るわけでもないし、仕事の手間が 少なくなるわけでもないし、 本体の整備が楽にできるようになってもうちの降下兵団や艦載機に手間がかからなくなるわけじゃないし。運行費用 は安くなっても、最近の艦ならオルクスみたいに中古市場でジャンク部品買い叩くわけ にもいかないから、かえって高価くつくんじゃないかしら」 「中古部品ほど安く調達はできないだろうが、その代わり捜し山すのに手問もかからず、耐久性も上がっているはず だ。整備にかかる手間も今ほどでは……」 ハウザーは、カタログに載っている文句に幾度となく騙すされたことを思い出した。 「精度と値段が上がっても、耐久性はそれほど変わらないか。だが」 ハウザーはリストアップされている戦艦の性能要目を確認した。 「オルクスには七つある転換炉が、効率も出力もあがって三つか四つに減るからそれだけでも楽にはなるはずだ」  最近の転換炉は信頼性も高く、航路も港も整った帝国領内を飛ぷ民間宇宙船なら、かなり大型のものでもひとつし か装備していないものも珍しくない。しかし、どこに行くかわからず、信頼性最優先で戦闘しなければならない大型 宇宙艦は必ず複教の転換炉を装備する。しかし、転換炉の数が多くなればそれだけ整備の手間もかかり、運行費用も 跳ね上がるので、転換炉の数は減らされる傾向にある。転換炉単独の出力は上昇しているから、宇宙艦が装備する転 換炉の総出力は昔よりも高い。 「予算と使い道を考えると、このあたりが適当だな」  ハウザーはピックアップした数隻の艦のリストを横目で見ながらコンソールに指を走らせた。それぞれの艦を在庫 させている港湾地区の代理店に連絡を取る。 「店に行くんですか?」 「在庫はすべて近傍空域に係留されている。行って話を聞いて程度が判断できればよし、そうでなければ連絡艇を出 してもらって実物を検分することになるだろう」 「艦齢三十年から五十年ですか」  帝国正規艦隊から放出され、星系自治軍や私設艦隊などで使われたあとの二線級の戦艦が多い。 「さすがに無傷の艦なんかありませんわね」  艦種も程度もさまざまだが、リストアップされた戦艦はいずれも実戦をくぐり抜け、程度の差こそあれ損傷を受け て補修されたり改良されたり改造されたりしている。 「実戦経験があるということは、生き残るだけの戦闘力と運があったということだ。年式に応じたアップデートと、 適切な補修がなされていれば問題にはならん。問題は、環境状態だな」  ハウザーは、通り一遍の仕様しか並んでいないリストを表示させた。戦闘能力や戦歴は細かく表示されているのに、 閉鎖系環境システムに関する要目はカタログ程度のものしか並んでいない。 「我々の仕事は、正規艦隊や自治軍などよりはるかに長く艦に乗り込んでいることになる。戦力や機動性はあとから でもなんとかできるが、生活環境はそうもいかん。そして、カタログには我々が知りたいような閉鎖環境系のレベルや 状態までは載っていない。そして、それは我々が直にこの眼で確認するしかないということだ」 ●S-4 レキシントン・ポート、セントラル・コア 「はい、所長のダイアナです……ああ、シモーヌ、済まないわねこんなに夜遅くまで第の面倒見させちゃって」  所長室で直通電話を受けたダイアナはすっかり夜の帳が落ちた窓の外に目をやった。レキシントン・ポートは母恒 星すら持たない宇宙都市だが、内部は銀河標準時に沿った昼と夜が訪れるように人工照明が調整されている。 「それで、本日の成果はあがった?」 『リストアップした一ダースのうち、適当と思われるクラスの戦艦を四隻、代理店に連絡艇を出してもらって見て来 ました』  ディスプレイには、ハウザー艦長、シモーヌ経理部長の連名で簡単なレポートが届けられていた。ダイアナはコン ソールに指を走らせて、手早く結論だけを読み取った。 「あなたたちの目に適う艦はなかったみたいね。さすがにこんな古いと、満足できるような程度のものは少ないかし ら?」 『戦力や艦載能力に不満はありません。戦歴についても、致命的な傷が残ってるんでもない限り戦艦なんてどうせど んぱちするもんですから、問題にはなりません。あ、これ艦長の受け売りですけど』 モニターの中で、シモーヌははにかむように微笑んだ。 『母港のそばしか飛ばない防衛艦隊や私設軍と違って、侵略会社の戦艦は一度出撃したら次に戻ってくるのはいつに なるかわかりません。だから、わたしたち会社の現場の人間は、兵装と同じくらいその艦の環境系を重視するんです。 オルクスは、今ほど航路や基地が整備されていない時代の戦艦ですからそこらへんは充実してたんですけれど、新し い時代の戦艦はそれほど長期帰ってこないような航海は考えていませんから』 「性能より乗り心地が大事ってことね」  ダイアナはうなずいた。 「戦艦ってのが人の力で動いてる以上、外せない条件だわ」 『ご理解いただいてありがとうございます。それと、使い勝手です』  モニターの中のシモーヌは、手もとの資料に目を落とした。 『同じ形式の量産タイプでも、何度か実戦を経験してたり大規模な改修やアップデートを受けてたりすると構造から 変わってたりするんです。今日チェックした四隻はどれも環境系がオルクスほど充実してなくて、環境系がいちばん よかったものは私設艦隊で旗艦だったらしくて兵装がかなり落とされてました。たぷん、今回購入される戦艦はわた したちよりも長くゲドー社で働くことになるでしょうから、将来的に手を入れるにしても、できるかぎりいい状態のも のを手に入れたいんです』  シモーヌはディスプレイの中でダイアナに目を戻した。 『わたしたちが、オルクスの環境のおかげでずいぷん楽に暮らせましたから』 「新居でも探してるみたい」  ダイアナのつぶやきを聞いたシモーヌが真っ赤になった。 『そんなことありません! わたしたちは、将来的なことを考えて、今できる最良の選択を』 「はいはい。それじゃこの界隈にはあなたたちの目に適う艦はないのね?」 『明日から、東銀河全域と辺境区にも手を拡げて探してみ ようと思います。核恒星系で使われた艦よりも、航路や港 が整っていない辺境区で使われた艦の方が環境系は整って いるでしようから』 「モニターしてみる気はある?」 『はい?』  シモーヌは怪詩そうな顔で聞き直した。 「たぷん、長期使用って話にはならないと思うわ。とある会社が実験戦艦のモニター探してて、実戦向きの場所で使 えるのなら破格値で長期レンタルしてくれるって話があるんだけど」 『えーと、あの・・・・・・』  複雑な顔で、シモーヌは首を振った。戦艦は、ありとあらゆる宇宙船の中でもっとも高価で複雑なシステムである。 実験戦艦ともなればさらに高価で部外秘なシステムを新造艦に搭載しているだろうから、そんなものを部外者に任せ るとは思えない。 『おっしゃってる意味がよくわからないんですが。普通、わたしたちみたいな弱小の侵略会社に実験戦艦のモニター やらせるなんて話は、体のいい実験体で実弾訓練の標的にされるとか、無理難題吹っかけられて取らなくてもいい責 任取らされて始末されちゃうとか、そういう展開しかないんですけど』  ダイアナは吹き出した。 「どこでそんな話聞いてくるのよ」 『そんな語、この業界にはいくらでも転がってます』 「よくできた話なのは確かだけどね、そういう心配はいらないわ。どっちかっていうと、相手の弱みを握ってるのは こっちの方だから」 『は?』  さらに訳のわからない顔をしているシモーヌ宛に、ダイアナは小さなデータカプセルを送った。 「今日の明日でせわしなくてしょうがないんだけど、明日、朝いちでここに行ってちょうだい」  サブディスプレイに目線を落としたシモーヌの顔色が変わった。 『アップサイドポートの第三二五八ゲルニクスビル!?』 「アポイントメントはとってあるわ。たぷんそのまま試乗してもらうことになると思うから、ぼんくら艦長だけじゃ なくって参謀副官とか、ブリッジクルーのメインスタッフくらいは連れていって」 『……:』  ひどく訝しげな目で、モニターの中のシモーヌはダイアナを見た。 『つまり、我々がゲルニクスの実験戦艦のモニターをするということは、既定事項なのですか?』 タイアナは口許に笑みを浮かべた。 「慎重ね、シモーヌ。そういうあなただから、安心して弟を任せられるわ」  シモーヌは思わず目をそらした。ダイアナは続ける。 「既定事項だなんてとんでもない。あなたたちの意向が第一だから、実際に実験戦艦をレンタルする場合の細かい条 件もうちと向こうの間で詰めてないわ。たぷんリース契約って形になると思うけど、その場合はオルクスみたいに寿 命が来るまで使い潰すっていうことにはならないだろうし、一期ごとに帰ってきてデータ取りと向こうが満足するよう な結果が出るようなら、また新しいシステムも搭載されるでしょうし。その結果次第では、うちからじゃなくて向こ うからの特別褒賞も期待できる。悪い話じゃないと思うんだけど」 『最終決定権は、我々にあるんですね?』  モニターの向こうのシモーヌが確認した。 『了解しました。オルクスのメインクルーは、明日、朝いちでアップサイドポートの第三二五八ゲルニクスビルに出 頭します』 ●S-5 レキシントン・ポート、アップサイドタウン 「あまり、気が進みませんな」  アップサイドポートの広大な港湾地区に進入したリムジンのキャビンで、デモノバがつぷやいた。 「ゲルニクスの実験戦艦をモニター使用など、話がうま過ぎます」 「わたしもそうは言ったんですけど」  窓の外に広がるきらぴやかなペイフロントの構造物や豪華客船、正規車所属らしい傷一つない新造戦艦を気にしな がらシモーヌは答えた。 「最終決定権は我々にあるそうですし、艦艇の説明もレクチャーも充分に受けられるそうです」 「ゲルニクス社なら買い漁った侵略会社がいくらでもあるはずだ」  今朝のハウザーは表情に乏しい。 「侵略会社にモニターをさせたいのなら、部外者である我々など連れてくる必要はない。実戦経験を積みたいのな ら、まじめに侵略している会社の営業地域を片っ端から襲えぱいいし、軍需企業として行動に制限があるなら子飼い の侵略会祉でも海賊を雇うでも、いくらでも手はある」 「でも、リムゲート所長のダイアナさんが持ってきた話なんですよね?」  ブリッジクルーの代表として連れてこられたチーフオペレーターの竜娘が口を挟んだ。 「てことは、この話、ダイアナさんのコネクションからと思っていいんでしょうか」 「ぬー」  返事とも喰りともつかない声を上げて、ハウザーは黙り込んだ。かつてシモーヌの婚約者であり、ゲドー社のM& Aを企んで地球に乗り込んできたゲルニクスの三男坊は、いまダイアナと親しい関係にあるらしい。 「お客さま、行き先が変更になりました」  港湾管理局、およびゲルニクス支社と直接連絡を取っていた運転手がインターホンを通じてキャビンに伝えてきた。 「時間節約のため、第三二五八ゲルニクスビルではなく直接造船所に来てほしいとのことです。よろしいですか?」 「造船所に?」  艦長、経理部長、参謀副官とチーフオペレーターは顔を見合わせた。  ハウザーが答えた。 「我々は案内に従うだけだ。どこへでも連れていってくれ」 「実験戦艦はまだドックに入っているのでしょうか?」  実験戦艦の細かいデータは、まだオルクス側に渡されていない。最上級企業機密だとかで、仕様も要目もオフィ ス・リムゲートにすら届けられていない。  デモノバは、レキシントン・ポート及びその周辺にいるはずのゲルニクス所属の戦艦をすべてチェックしていた。 ゲルニクス社がモニター用に貸し出すという実験戦艦らしき艦はその中に発見されず、調査範囲を広げてもそれらし い艦は特定できていない。 「まさか、まだ登録もしていないような新艦を我々に寄越すとは思えんが」  アップサイドポートの港湾地区の一画、造船・補修ドックが集まっている重工業地帯にゲルニクス社差し回しのリ ムジンが滑り込んだ。設定ルートを飛ぷ連絡用リムジンには厳重なIDチェックが行われているのだろうが、豪華な 内装で飾られたキャビンからそれを窺い知ることはできない。 「ずいぷん奥まで行きますのね」  折り重なった重工業地帯の構造物の間を抜けるように進むリムジンの中で、シモーヌが不安そうにつぷやいた」 「プライベートポートだ」 リヤシートに深く沈み込んだままのハウザーの声は抑揚にかけている。 「正規の入港航路を使わず、直接外に出られるような専用 ポートや桟橋がレキシントン・ポートにはいくつもある。 アップサイドポートに出入りさせるよりは人目に付かない。 もちろん、専用スペースを私企業や個人で占有することになるから、維持費は高くつくが」 「係留しておくだけでコストがかかるような戦艦ですか」  シモーヌは眉をひそめた。 「オルクスのような超大型戦艦ではなさそうですな」  デモノバがコメントした。大型艦艇もある限度を超えるとドックに入らなくなる。  降下軌道に入ったリムジンが、工場と整備棟の間に申し訳のように付設された立体駐車場に着陸した。  駐車場には、先客がいた。 「わざわざお手数かけてすいません」  さわやかな笑顔とともに、ぴしっと決まったスーツ姿の トマス・ゲルニカがリムジンに乗リ込んできた。続いて、ダイアナがキャビンに入ってくる。 「おはよう!」  ダイアナは先にリムジンに乗っていたオルクス艦長以下の顔を見廻した。 「……朝っぱらからなに不景気な顔並べてるのよ」 「おはようございます。あの、どうしても話がうますぎるっていうことで我々の見解は一致してまして」  シモーヌが一同を代表して状況を説明した。  トムが笑いだした。 「ダイアナさん、彼らにどういう説明をしたんですか?」 「だから、ゲルニクス社が戦艦を一隻、モニター用に貸してくれるから、オルクスの代わりに使いなさいって」  トムは楽しそうに笑っている。 「彼らは侵略会社の人間ですよ。辺境区の最前線でトップクラスの成績を上げているクルーに、そんな話をしたって 信用されるわけがないじゃないですか」 「じゃあ、どう言えっていうの」 「事実をありのままに」  向かい合わせのシートに腰を下ろしたトムは、インターホンで運転手に出発するように告げた。ふわりと浮いたリ ムジンが立体駐車場の屋上から階下へのルートを走りだす。 「ぽくが彼女に、戦艦を一隻巻き上げられたんですよ。賭けに負けたおかげでね」 ●S-6 アップサイドポート、ゲルニクス重工レキシントン造船所D04ドック  ゲルニクス重工レキシントン造船所は、アップサイドポートに複数の大型船用建造整備ドックを持つ。  ポートヘの入港だけでもおおごとになる大型艦は、基本的にすべての整備補修を宇宙空間で行えるように設計され ている。C整備や機関交換などの大規模な改装工事でも、外装ドックを装着したり、工作船と接舷することで施行が 可能となる。艦のサイズが大きくなるほど収容できる港湾設備もドックも少なくなるし、辺境になればなるほど設備 が整った大規模工廠は少なくなるから、専用の設備がなくても整備可能な艦でなければ長期運行はできない。  現実問題として、民問宇宙船の外装は衝突事故や無茶な大気圏突入でもない限り損なわれることはほとんどない。 塗装や表面処理の質によって経年劣化や褪色は起きるが、通常航行で安全に運用されている限りは外装はそれほど破 損するものではない。  戦闘用宇宙船は、戦闘するための宇宙船である。無傷で乗りきれるような幸運な船は例外として、前線で直接戦闘 に参加した艦は大小様々な損傷を受ける。損傷の度合によって修理され現役に復帰するか、あるいは修理費が艦自体 の価値を上回る場合はスクラップにされる。しかし、戦闘用宇宙船は民問用宇宙船に比べてはるかに高価なため、修 理再生される度合もまた大きい。  ゲルニクス重工でDナンバーは、軍用も建造できる大型船専用ドックである。生物兵器研究所のような何重もの厳 重なセキリュティチェックをくぐり、一行はD04ドックのVIP用展望室に到着した。  高分子積層ガラスの大窓の向こうに、流線型の巨艦がドックのカクテル光線に照らしだされていた。ドック内に所 狭しと配置されているロボットアームやクレーンはそのほとんどが定位置に収納され、船台上の戦艦は開いているハ ッチも船殻もなく完全な状態にあるように見えた。 「船体はマーク・ファランドウ級ですな」  戦艦らしからぬ純白の船体を見て、デモノバが判定した。 マーク・ファランドウ級はゲルニクス社の量産戦艦の中でも最大級の大きさと防御力を持ち、初艦の就航から改良 を続けつつフラッグ・シップの座を保っている、最高級戦艦の船体である。このクラスになると、量産戦艦といえど もほとんど注文製作であり、顧客は基本となる艦体に必要充分な出力の機関と兵装を搭載、艤装を施して自艦とする。 そのため、基本艦体は同形であっても様々なタイプが存在し、オーダーメイドで艦体のスタイルから変更されている ものも珍しくない。 「戦艦など目の前で見てわかるものではないが」  壁一面が純透明化されているような大窓に立って、ハウザーは眼下の白い巨艦を見下ろした。実験戦艦という触れ 込みの割に、外装に目立つ兵装は見当たらない。 「ほんとうなら、外部のものにこの宇宙船を見せるだけでもいくつか内部規程に違反しているのですが、ここから先 はこちらの流儀に従って下さい」  展望室の入り口ですべてのモニターシステムのスイッチを切って、トムはオルクスのメインクルーとダイアナに向 き直った。 「ここから先、見聞きするすべてのことに関して、ゲルニクス社はあなたがた全員に守秘義務を要求します。あの艦 に乗って下さるにせよ、乗らないにせよ、あの艦に関して知り得た情報をゲルニクス社の許可なしに部外者に洩らさ ないと誓ってください」 「まあ、怖い」  ダイアナが大袈裟に驚いてみせた。 「秘密を漏らしたらどうなるのかしら?そんなこと、いったいなにに誓えば信用してもらえるの?」  トムは芝居がかった仕草で左手を挙げてみせた。 「あなたがたの良心に。しょせん、死の商人と戦争屋のやることです。それ以上は期待しません」 「あなたが、我々侵略会社にどの程度の良心を期待してるかわかりませんが」  ハウザーは、トムと同じように左手を挙げた。 「誓いましょう。この先この船に関するなにを見ても、それを部外者に洩らさないと誓います」  トムは残るメンバーの顔を見廻した。軽くトムを睨みつけ、ダイアナも手を挙げた。 「経済屋にまでこんな茶番を要求されるとは思わなかったわ」 「感謝します。それでは、マーク・ファランドウ改級として三十五艦目になるこの艦の要目を説明しましょう」  トムは、入り口のモニターシステムを再開させた。待っていたようにトムの部下のチーフアシスタントが電紙デー タを束にして展望室に入ってきた。 「ぽくが呼ぱれたってことは、皆さんこれからお見せすることについての守秘義務について充分理解いただけたって ことですね」  オルクスのクルーは気まずそうに顔を見合わせた。チーフアシスタントは、トムを含む展望室の全員に持ってきた 電紙資料を配り始めた。 「戦闘用宇宙船の扱いに関しては、皆さんの方が専門家でしょう。まずは、この資料に目を通してください」 「カタログに載っているとおりの、マーク・ファランドウ改級ですな」  あっという間に必要データを読み取ったデモノバがコメントした。 「兵装も機関も充分な出力を持ち、索敵用の電子兵装も通信施設も充実している。直接戦闘能力も艦隊指揮能力も申 し分ない。最新型の高級戦艦だけあって、素晴らしいカタログデータです」 「だが、それだけだ」  一通りのデータに目を通したハウザーが電紙データから顔を上げた。 「カタログモデルよりも機関出力がさらに強化されているようだが、重戦艦の出力を上げられるだけ上げて機動性を 高めるのは、今さら目新しいコンセプトではない。この程度でゲルニクス社がわざわざ最高級の船殻に実験戦艦を仕 立てるとは思えませんが」 「さすがですね」  チーフアシスタントは満足そうな笑みを浮かべた。 「そのとおり、この艦に装備されているのは速射性能を重視した大口径砲、遠距離対艦戦から近距離防護にまで使え る充分なセンサーシステム、頑丈な船体とそれを振り回すのに充分な出力のエンジン。高価ですが、それだけなら当 たり前の戦艦でしかありません」 「余剰の機関出力を必要とするシステム、それがこの艦を正規登録もされていない実験戦艦たらしめている理由でし よう」  ハウザーは、電紙データの空白部分を開いた。 「しかも、その新兵器は辺境区で仕事する侵略会社に委ねてもコントロール可能な柔軟性と、核恒星系では使えない ような破壊力を併せ持つ。違いますか?」  トムは、ハウザーの質問の意味を問うようにチーフアシスタントに目をやった。チーフアシスタントはうなずいた。 「経理部長ならご存知でしょう。戦艦の装備の中でもっとも高価な物はなんですか?」 「乗組員よ」  シモーヌは即答した。 「お見事です」  チーフアシスタントは苦笑した。 「いえ、もっと一般的なクイズだと思ってください。戦闘用宇宙船をオーダーする時、請求書の中でもっとも高い値 段をつけられるのは何ですか?」 「電子兵装ですか?」  今度の答えに自信は感じられなかった。入社以来、シモーヌは新品の戦艦の請求書など見たことがない。 「正解です。軍用で信頼性抜群とはいえ、ほんとにそれだけの価値があるのかってのはよく議論されるところなんで すが、最近の軍艦で一番コストがかかっているのは電子兵装、電子戦艦ともなれば値段の大部分が電子部品で占めら れるのはご存知のとおりです」 「いえ、電子戦艦の値段表に縁があるような生活してませんから」 「そして、この戦艦を実験艦たらしめている新兵器もまた、電子戦用設備です」  チーフアシスタントは、手元のモニターに解除ナンバーを打ち込んだ。配られた各自の電紙データに、新しいデー タが表示された。  白紙だったぺージに、新しいデータがずらりと表示された。 「ほう……これは……」  感嘆したのはデモノバだけだった。  シモーヌに理解できたのは、それがカタログ上でさえ見たこともないような超高級コンピューターを複数と、戦艦 には不必要とも思える強力な通信設備を搭載していることだけだった。 「……成長させるだけで何周期もかかるようなハイパーコンピューターと、銀河のどこからでも海賊放送が行えるよ うな強力な通信設備ですか」  ハウザー艦長が、新しく表示された実験戦艦のデータを要約した。  チーフアシスタントは我が意を得たりとばかりにうなずいた。 「艦載コンピューターとしてなら、官民問わず全銀河でも現時点でトップテンに入るようなハイパーコンピューター が三系統搭載されております」 「カタログスペックだけなら、第三艦隊旗艦の指揮司令艦に相当しますな」  新しく表示されたデータを分析し終えたデモノバがコメントした。ハウザーはあらためて電紙データに並ぷ数字を 見直した。 「……何に使うんだそんなスペック」  のらない顔で電紙データをめくる。 「単艦行動が基本の辺境勤務の侵略会社が、電子戦などという高等な戦術を仕掛けてくるような相手に、年に何回出 会うというのだ」 「こちらから仕掛ければよいのでは?」  デモノバが提案した。 「これほどの電子戦能力があれば、ビッグスリーの遊撃艦隊が束になってかかってきても勝てるでしょう。電子戦だ けで決着を付けられるでしょうから、実弾戦闘にいたらずに決着をつけることも不可能ではありません」 「実戦なしで勝てるんですの!?」  シモーヌが嬉しそうな声を上げた。 「だから、そんな都合の良い状況が一回の侵略の間に何回あると思うのだ。どれだけ高度な電子戦力を持っていよう が、使える状況がなければ役に立たん。そして、これほどの電子戦力が役に立つような状況など、そう簡単には起こ らんはずだ」 「状況の問題だけ?」  口を挟んできたのはダイアナだった。厄介な展開になりそうな予感を覚えつつ、ハウザーはスポンサーに向き直っ た。 「電子戦は、直接戦闘の前段階のひとつでしかありません。 通常の侵略業務で、同業他社が攻めてきたり艦隊戦になるのは、きわめて珍しい事例なのです」 「前の仕事じゃ、同業他社や正規艦隊だけじゃなくって、伝説の怪物まで攻めてきたじゃない」 「我々の仕事が、毎度毎度あれほどの大騒ぎになると思わないで下さい!あれはあくまで特殊な事例が連続しただ けで、毎回あんなことをやってたらゲドー社のような規模の会社はあっという間に破産します!!」 「ほら、艦長この業界だと有名人ですから、いらんちょっかいかけられることが多いんです」 「経理部長は余計なことを言わなくてもよろしい!」 「どうせ今期のゲドー社の仕事はまだ決まってないんだから、同業他社の縄張りを片っ端から荒らしていけばいいん じゃない?」 「うっかりしたことを言わないで下さい!フログレンスの遊撃艦隊のような真似は、あれは営業区画を幾つ掠めと っても自前の余剰戦力でそこを防衛、侵略できるから成立するんです!戦艦一隻しかないゲドー社が同じことをし て、よしんば侵洛権の強奪に成功したとしても、そのあとどうやって侵略を成立させるんですか!?」 「それはお前の仕事じゃないわ」  ダイアナの返答は簡潔だった。 「この実験戦艦の戦闘力を実戦で確かめなきゃならないようなお膳立ては、こっちで整えてあげる。他に問題は?」 「この艦に搭載されている電子兵装は、オルクスのものよりはるかに高級です」  口をぱくぱくさせる艦長に代わってデモノバが言った。 「現在の我々の力では、これほどの電子戦力を使い切ることはできません。まずは戦力の判定が必要ですが、オルク ス相手のシミュレーションでは到底実力を計ることはできないかと存じます」 「……つまり、歯ごたえのある相手が欲しいということ?」 「デモノバ!」 「いえ、そうは申しておりません。我々は最新型の電子兵装の扱いに慣れておりませんので、もしこの実験戦艦を任 されたとしても的確な運用ができず、結果として有り余る電子戦力を使い切れずに、スポンサーを満足させるような 成果を上げられないのではないかということです」 「ああ、その件だったら心配ないわ。専門家呼んどいたから」 「せ……せんもんか、ですか」  ハウザーの台詞から抑揚が失われている。 「そのせんもんかは、つまりこの実験戦艦の電子戦力を判定できるほどの技量と、ゲルニクス社が要求する守秘義務 のための身分保証を満たすだけの資格を併せ持つものですか?」  ダイアナの返答はまたも簡潔だった。 「シンシアよ。そろそろ着くころだと思うけど」  展望室のインターホンが軽やかな呼び出し音を鳴らした。 チーフアシスタントがインターホンに出た。 「はいこちらD04ドック……宇宙大学ノースロップ研究室の、シンシア・ハウザー?」 「聞いている」  トムは、内懐から取り出した懐中時計を開いた。 「通してくれ。……いや、直接艦内に来てもらった方が時間の節約になるかな」  すでに何度かのテスト飛行を行なっているという実験戦艦の艦内は、新品同様に揮いていた。出港準備を終えた新 艦らしく、すべての照明には灯が入り、艦内移動システムも実動している。 「テストフライトのデータは、事前の計算値のとおりです」  デッキごとブリッジに向かうコミューターの中で、チーフアシスタントが説明する。 「ただし、ご覧のとおり船体もエンジンもまだ新品同様ですから、定格出力一〇〇パーセントで空荷の状態で短時間 の全速連転をしたに過ぎません。推進剤も機材も艦載機も満載の状態で、安全装置を解除して全開にした場合のデー タはまだありません」 「他のマーク・ファランドウ級のデータを」  電紙データの他のぺージを検索しながらデモノバが要求した。 「それとも、他のマーク・ファランドウ級にリミッターを解除して全開機動したデータはまだ収集されていません か?」 「ご存知のとおり、マーク・ファランドウ級はオーダーメイドで作られるため、まったく同じスペックの艦は二つと 存在しません」  質問を予期していたかのようにチーフアシスタントはすらすらと答えた。 「初期のマーク・ファランドウ級のデータや、あるいは完全整備のために出戻ってきた艦のデータならありますが、 いずれも艦体重量、機関出力ともこれとは違います。計算値はデータに載っているとおりですが、必要なら他艦のデ ータは本艦内にもデータベース化されています」 「実用データは自分で振り回して取れ、ということか」  ハウザー艦長がつぷやいた。デモノバが重ねて質問する。 「参考までにお聞きしますが、マーク・ファランドウ級全艦の中で、いままでに失われたものは何隻ありますか?」 「まだ、一隻も」 「・・・・・・ネームシップの就役からもうかなりになる同級の戦艦が、まだ一隻も沈んでいないのですか?」 「注文製作される、高価な戦艦ですからね。実際には、沈没の危険があるような最前線に配備された艦が一隻もない というだけの話です」  チーフアシスタントは自噺的な笑みを浮かべた。 「マーク・ファランドウ級が実績なき最強戦艦と言われる所以ですよ」  直通ルートを動いていた移動デッキがブリッジに到着した。円形のデッキを保護していたフィールドが解除され、 通常照明が落とされて戦闘状態になっている戦艦のメインブリッジがデッキの周りに出現した。 「あ、いらっしゃい」  ひとり、サブのオペレーター席でディスプレイやモニターの照り返しを受けていた人影が、こちらを向きもせずに 片手を挙げた。 「先に始めさせてもらってるわ」 「チイ姉ちゃん……」  ハウザーは絶望的な呻き声を上げた。ダイアナは、色とりどりの立体画像とディスプレイに彩られた実験戦艦のブ リッジに足を踏み入れた。 「あいかわらず手が早いわね。どんな感じ?」 「姉貴、この戦艦、ちょうだい」 「いきなりなに吐かすか、この娘は!」  つかつかつかとオペレーター席に歩み寄ったダイアナは、すぱこーんとシンシアの頭をはたいた。 「あーっぐーで殴ったあ!」  頭のてっぺんを両手で押さえて、シンシアはシートごとダイアナに振り向いた。 「だって姉貴、この艦、賭けに勝って巻き上げたって言ってたじゃない!どうせこんな無駄に電子戦力ばっかり上 げた戦艦なんか、まともな使い途ないわよお!」 「いったい、姉とどんな賭けをしたんです?」  申し訳なさそうな顔でハウザーが聞いた。ダイアナとシンシアのやりとりを楽しそうに見ていたトムは、にこやか にハウザーに向き直った。 「彼女とぽくと、どっちが銀河を征服するのにふさわしいかってことでね」  ハウザーは天を仰いだ。 「やったんですか、そんな無謀な購けを」 「はい」 「負けたんですか……」  ハウザーはがっくりと首を折った。 「こんな高価な電子戦艦一隻分ほども」 「ここまでぽろ負けするとは思いませんでしたけどねえ」 トムは爽やかに笑った。 「まあ、次の機会があればもっとうまくやりますよ」 「いや、あの、もしできることなら、これ以上、姉を銀河征服などという野望に近付けないのでほしいのですが」 「僕ひとりがその努力をしても無駄でしょう」  トムは笑顔のまま首を振った。 「ダイアナさんは役に立たなくなった男にいつまでも付き合ってくれるはど情に篤いようには見えないし、それに銀 河の方から彼女にすり寄ってくるかもしれない」 「……やめてください」 「アバルト!」  ダイアナがハウザーを呼んだ。 「ほら、いつまでそんなところでぽっと突っ立ってるつもり?早く来ないと、この艦のメインフレームまるごとシ ンシアに乗っ取られちゃうわよ」 「…………」  ハウザーはあらためて戦闘態勢のブリッジを見廻した。 改良と改造を繰り返されてかろうじて現役に留まっていたオルクスのメイン・ブリッジと違い、最新型の高級戦艦の メインコントロールルームは多層構造でコンパクトにまとめられている。 「行けるか、デモノバ?」 「事が電子ネットワーク上の戦いなら、このデモノバ、シンシアさんには到底かないません」  シンシアは大学星系で最新型のコンピューターシステムのみならず、開発中のシステムや理論にも触れている。実 戦勤務とはいえ辺境区で中古戦艦に乗り組んでいるデモノバとは、実践経験に大きな差がある。 「だからといって放り出しておくわけにもいかん!行け!」 「では、微力ながら。手伝ってください」  チーフオペレーターの竜娘に目配せして、デモノバはシンシアのデータピッドに移動した。 「乗っ取ってもいいんならそうするけどさ、まだ設定にも手を付けてないわよ」  目の前に多重ディスプレイをありったけ展開しながら、シンシアは忙しくコンソールに指を滑らせている。 「前に乗せてもらったフリューゲルV型でゲルニクスの軍用電子システムは触らせてもらったけど、あれは横にアシ スタントさん付いて教えてもらいながらだからなんとかなったんであって、こんな大がかりなのひとりで、なんとか できるはずがないでしょお?」 「…正規軍の電子兵装とは、インターフェイスが変更されていますな」  シンシアの右の席に着いたデモノバが、素早くディスプレイを展開した。すでシステムは立ち上げられていたから、 オペレーター席の周りに色とりどりの立体画像が立て続けに表示される。  デモノバは自身の神経をシステムに生体接続した。視覚センサーに直接情報が描き出される。のみならず、補助脳 にいくつものデータがゆるやかに流れ込んでくる。 「…あれよりもずいぶん洗練されている」 「でしょ。フリューゲルのときより反応も速いし、インターフェイスも改良されてるの」 「それは、我が社が電子兵装においてもっとも重要視しているところでもあります。どれだけ優れた性能を持ってい たところで、使えなければただの函にしかなりませんから」  チーフアシスタントの営業トークは、しかしシンシアの次の台詞に潰された。 「新品だから記憶領域がほとんど空っぽで、ありきたりなパターンと基本の電子戦術しか入ってないから、このまん まじゃ相手にされないだろうけど、うちの実験室のシミュレーションデータやオルクスの実戦データ入れてやれば、 銀河系の半分とだって戦争できるようになるわ」 「あ、あの、いちおう我が社が開発した各種電子戦術用ソフトとシミュレーターを内蔵、正規軍監修の最新バージョ ンの実戦データも添付されているはずですが……」 「ああ、正規軍監修の戦術データなんて資源の無駄遣いにしかならないわ。実戦経験もろくにない核恒星系勤務の艦 隊は電子戦に関しちゃしろーと同然だし、経験豊富な辺境艦隊が下手すりゃ白分が負けるかもしれないような正直な 実戦データなんか出すわけないでしょ。正規軍監修の戦術テータなんか、あたしが艦長なら真っ先に削除してゴミ箱 にぽいするわね」 「そうなのかね?」  さも興味深げに、トムがチーフアシスタントに聞いた。 「…実戦データの欠如が、この艦の電子戦力に関する最大の弱点なのは事実です。ご存知のとおり、電子兵装はミ サイルやビームのような実戦兵器よりも使い方による効果が大きな兵器ですから、ノウハウがなければせっかくの大 戦力も使えません」 「参考までに聞いておきたいのですが」  珍しく力のこもったハウザーの声に、ダイアナは高速変化する立体映像で彩られたデータピッドから振り向いた。 「なに?言いたいことでもあるの?」 「我々が聞いたのは、ゲルニクス社が実験戦艦のモニターを探しているということでした。この戦艦は、ダイ姉ちゃ ん、ではなくダイアナさんの持ち物ではないのですか?」 「ああ、その話ね。まだ名義変更も何もしてないから、というよりこの艦貰うかどうか決めてないのよ」 「姉さん!」 「だってさ、わたしみたいな素人に戦艦の見立てなんかできると思う?だから、お前たちに未てもらったんだし、 わざわざシンシアにも来てもらったの」  適材遭所はオフィス・リムゲートのモットーでもある。 「では、我々がモニターとしてこの艦を運用したとして、その結果得られるデータに関しては、誰に所有権があるの です?オフィス・リムゲートですか?それともゲルニクス社ですか?」  ダイアナは、トムと視線を合わせた。 「それは、お前たちの働き次第ね」  ハウザーを見つめるダイアナの営業スマイルの目は笑っていない。 「この艦が請求書の金額ばっかり高いだけのただのデクノボーなのか、あなたたちがこれくらいの電子戦艦を使いこ なせるのか。それは、モニターの結果次第だわ」 「あーボス、うちでいちばん高価な電子戦艦がデクノボー扱いされてますう!」 「だが、我々ではこの性能を使いきれるかどうかわからないから、部外者の協力が必要なのもまた事実だ」 「我々をゲルニクス社に売る気ですか!」  ダイアナはあっさり答えた。 「そうよ」 「わ、我々だけじゃなくって、チイ姉ちゃんまで電子戦艦の付属品に売り飛ばすつもりなんですか!?」 「値段がつくような実績を上げられるかどーかもわからないくせに、しばらく黙ってなさい」  まだなにか言おうとするハウザーの艦長服の袖をシモーヌが引っ張った。 「な、なんだシモーヌ」 「どうせ、わたしたちはリムゲートに買われちゃった時から生殺与奪権をダイアナさんに握られてるんです。私たち が使えればスクラップでも戦力にするのといっしょで、今はこんな新品の戦艦が手に入るかどうかってところなんだ から静かにしてましょう」 小声で囁いたシモーヌに、ハウザーもボリュームを落として反論する。 「おまえはダイ姉ちゃんという人間を知らんから、そういうことを言えるのだ。彼女がどうやってこんなところにい ると思っている」 「だからって、ダイアナさんが艦長の言うこと聞いてくれると思います?今はとりあえず少しでも上等な生活環境 を持つオルクス代艦の獲得に全力を挙げるのが、わたしたちにできる最善の努力でしょう」 「う、ううう、それはそのとおりなのだが」 「いくつか質問よろしいですか?」  ダイアナは相手をチーフアシスタントに代えた。 「もしよろしければ、この艦の環境系のデータを見せていただけます?」 「環境系ですか?」 電子戦術の話についていけなくなったチーフアシスタントは、にこやかにシモーヌに向き直った。 「この艦は閉鎖系を持っていますから、満足な補給ができない辺境区での長期航行でも快適な航海を保証します。乗 組員一人あたりの個人スペースも広くとられており、各種レクリェーション施設も充実しております」 シモーヌの手もとの電紙データに新しい項目がずらりと表示される。 「数字と写真だけじゃわからないわ。せっかく艦の中にいるんだから、よろしければ案内していただけます?」 「構いませんが、えーと、ボス?」 「行ってきたまえ」  電子戦用のデータピッドで白熱しているシンシア、デモノバ、竜娘のセッションを見ながら、トムは手を振った。 「必要があればこちらから呼び出す。あちらはまだしばらくかかりそうだ」 「艦長も一緒にいらっしゃいます?」 「艦長がブリッジを離れるわけにいくか!君がこの艦の生活環境を判定してきてくれ」 「了解しました」 電磁駆動される移動デッキが戦闘態勢のメインブリッジからふわりと沈んでいった。 「どうですか艦長?」  ひとり移動デッキを見送ったハウザーに、トムが声をかけた。 「参謀副官と姉君がこの艦の電子戦能力を見極めるまで、この下のカフェテリアでコーヒーでも」 「艦長がそういうわけにはいきません!」  きっぱりと自分に言い聞かせて、ハウザーはシンシアが中心になって操作が続いている電子戦用のデータピッドに 歩み寄った。空のオペレーターシートまわりにまで様々な立体表示が展開され、昏いオーラで歪んでいるように見え る。 「……チイ姉ちゃんの歓喜の声が聞こえるようだ」  地獄の底から立ち昇ってきそうな嬉々とした呪いのメロディーを耳鳴りの奥に感じながら、ハウザーは高速展開し ている立体表示に囲まれたデモノバに声をかけた。 「どうだ、使えそうか?」 「電子戦能力が高いのはそのための実験戦艦ですから当然でしょうが、それを生かすための索敵設備、及ぴ情報処理 系も充実しています」 「ほお?」 「主砲にエネルギーを供給するための主機の立ち上がりも高速化されていますし、有り余る計算能力を情報処理にも 使っていますから、速射性にも優れています。これ一艦だけで正規艦隊を相手にできるというのははったりではあり ませんな。戦闘空域のみならず、周辺全空域の宇宙船を個別に追跡、識別して、片っ端から長距離射撃するようなこ ともできるでしょう。電子戦艦として使わずとも、充実したセンサー系と超光速の情報処理系だけで負ける心配はな いでしよう」 「実際に使えるかどうかは別問題だが」  ハウザーは、手にした電子データを軽くスクロールさせた。もしカタログ上のスペックが実戦でそのとおりに発揮 されるとすれば、それだけでもこの艦の戦力はおそろしく高いことになる。 「本体価格が並の戦艦と桁違いなのだ。その程度の対艦戦力がなければ詐欺だろう。……しかし、これほどの戦力の 戦艦が最前線に配備されずに平和な核恒星系を遊弋しているとは……」  マーク・ファランドウ級の戦艦はそのほとんどが最前線にないという話を思い出して、ハウザーは溜め息をついた。 「それで、肝心の電子戦力の方はどうなのだ?」 「わかんないわねー」  おざなりにコンソールに指を滑らせたシンシアが、ヘッドセットをはずして髪を掻き上げた。 「カタログスペックどおりの数字が出てるらしいところまでは確認できるけど、それが実戦でどれくらい役に立つか ってのは実際にやってみないとねー」 「……この艦の全力を発揮するような電子戦は、そう簡単に目の前に出てこない状況だと思いますが」 「今のところ、この艦って実験艦扱いで、データネットヘのアクセスも制限付きなのよ。制限がなければうちの研究 室から適当なプログラム引っ張ってきてシミュレーションやらせたり、オルクスと模擬戦やるなんてのもありなんだ けど」 「オルクス程度で相手になりますか?」 「もち、わたしと参謀さんがオルクス側で攻撃よ。こっちは完全白動で防戦させる。何度か痛い目見せてやれば、素 性はいいから使える子になると思うけど」 「電子戦は、ハードよりもソフト、ソフトよりもその使い方が問題になる世界です」  あいかわらず身の周りに立体ディスプレイを展開させながら、デモノバが一言った。 「カタログスペックを重視する金持ちの客を相手に、実験艦とはいえこれほどのシステムを戦艦に乗せた企画力は買 いますが、果たしてそれが実戦に使えるかどうかというとそれは別問題です。高性能であり、柔軟性にも富むシステ ムですからたいていの局面では有利でしょうが、実戦でトラブルを出し尽くしてどんな応戦ができるのか見極められ ない限りは、命を頂ける気にはなれません」 「それが結論?」  報告を聞いて、ダイアナはハウザーに確認した。 「ドックに同定されているだけなら、戦艦は宇宙船ですらありません。まして我々は新造艦専門のテストクルーでは ありませんから、実際に振り回して現場で使ってみなければ、この艦の評価も判定もできかねます」 「シンシアも同じ意見?」 「そだね。何が起きてもリカバーできる研究室で使うんなら楽しそうだけど、実戦でどうなるかってのは実戦で試す しかないから。そこでどんなトラブルが出るか予想できないものを、いきなり実戦投入ってのは怖い話よね」 「経理部長の意見を聞いてもいいかしら?」  ダイアナは、環境系のチェックから戻ったシモーヌに視線を投げた。 「わたしは戦闘能力の判定はできませんが、環境系はよくできてると思います」 慎重に言菓を選ぴながら、シモーヌは答えた。 「艦の規模の割に余裕のある環境系で、乗員の個人スペースも充分に取られてますし、少なくともオルクスを基準と すれば乗員に不満は出ないと思います」  ダイアナはトムに目配せした。トムは軽くうなずいたようだった。 「それじゃ、軽く試してきたら?」 「は?」  ハウザーは思わずダイアナに聞き直した。 「だから、適当な試験航海の計画を組んで、みんなで乗り込んで行ってきたら」 「この規模の戦艦は、我々だけで動かせるようなものではありません」 「いえ、動かすだけならこの艦は四人もいれば充分に動けます」  チーフアシスタントは電子データの一ぺージを示した。 高度な自動化が進められ、高性能なコンピューターがバックアップについていることもあり、マーク・ファランドウ 改級は無人での運行すら可能である。 「あなたたちだけで乗ってったって、試験にもなんにもならないでしょ。乗組貝一同と、艦載機を全部乗せ換えて、 作戦行動してきなさいって言ってるの」 ハウザーは、副参謀官、経理部長、チーフオヘレーターと顔を見合わせた。 「それは…いきなり慣熟航海しろということですか?」 「だって、そうしないと使える艦かどうかの判断もできないんでしょ。もし使えるようならそのまま営業に入ればい いし、使えないならそのデー夕を添えて返却すればゲルニクス社も貴重な運用データを得られると思うけど?」 「オルクスを空っぽにして出かけて行けというのですか!」 「あんなぼろ戦艦空っぽにしてったって、いまさらどーってことないでしょー」  すべて見通しているようなダイアナの表情を見て、ハウザーはすでに姉がこの件に関する考察を全部完了している ことを知った。だとすれば、どんな反論も無駄である。 「ここは帝国領内で、安全な港の中なのよ。オルクス空っぽで置いてったって、誰も持って行きやしないから安心し なさい」 「で、ですが、オルクスからの引っ越しは、それだけでもかなりの時間がかかると思いますが…」 無駄と知りつつ、ハウザーは儚い抵抗を試みた。 「試乗なんだから、いきなリ私物を全部移す必要はないでしょ。短期航海に必要な荷物だけ持っていけばいいじゃな い。……艦載機と降下兵は整備治具や予備部品も積み込まなきゃならないから、ちょっと手間かな」 「……いったいどこへ行けと?」  ダイアナはなにを今さらという顔でハウザーを見た。ハウザーは白分の身体が末端から凍り付いていくのを感じた。「もう忘れたの?一度アルビオロンに帰っとけって言ったじゃない。レキシントン・ポートからソノートなら、遠 からず近からず、行って戻ってくればちょうどいいテスト航海になるでしょ」 「ああ、アルビオロン行くのかあ」  わざとらしくシンシアがつぷやいた。 「じゃあ、ついでだから乗っけてってもらおうかなあ、しばらく帰ってないし」  ハウザーは自分の内臓の体温までが急降下していくのを感じた。 「レキシントン・ポートからソノート星系までと申しますと、通常航路を通ればすべて帝国領内です」  コメントしたのはデモノバだった。 「帝国領内ではこの艦の電子戦力を発揮する機会はないと存じますが」 「ソノートとディオラのあいだで、第三艦隊が今年度の定期演習を始めてるんじゃないかしら?」  素知らぬ顔で、ダイアナは、言った。 「ついでだから、親父さまにも挨拶してらっしゃい」 「かしこまりました」 真っ白に凍り付いてしまったハウザーの代わりに、デモノバがダイアナに一礼した。 「では、そのように乗組員に伝えます。最後にもう一つ質問が」 「なにかしら?」 「頂いたデータによればこの艦はいまだに未登録で、艦名すらついておりません」  デモノバは、試験飛行用の識別番号しか記入されていない個艦データのぺージをダイアナに示した。 「短期間とはいえレキシントン・ポートを離れで航海に出るならば、艦名が必要です。命名の権利は、艦の持ち主に あります」 「あら」  ダイアナはめんどくさそうな顔でトムに聞いた。 「この艦、なんか名前付いてなかったの?」 「新造艦は、オーナーに引き渡されて正式に就役するまで命名されませんが・・・・・・」  トムに促されるようにして、チーフアシスタントが電子データのぺージをめくった。 「正規の記録にはありませんが、この艦は計画当初からルキフェラスと呼ばれていたようです」 「ルキフェラス?」  それは古い神話に出てくる化け物の名前である。百の腕と千の目を持ち、過去、現在、未未のすべてを見通すとい われている。 「いいじゃない、それで。この艦の名前はルキフェラス。 艦長には、その名前に恥じない運用を期待します」 ダイアナはハウザーを見据えた。ハウザーの身体からはすっかり体温が失われていた。